こんにちは、いっせいです。
今回は少し恥ずかしいですが、僕がどのようにペルー人と出会い結婚したのかをブログに書きました。
わりと長めの内容(4000文字弱)になっていますので、お時間のある時にでも読んでみてください。
【国際結婚】ペルー人と結婚するまでの馴れ初めを書いてみた
僕たちが初めて直接出会ったのは、2016年の5月10日。
当時僕はアメリカのワイオミング州に留学中。妻はペルーの首都リマで実家のお店の手伝いをしながら、大学進学に向けて勉強をしていました。
僕はアメリカ在学中の夏休み期間を使って南米を縦断しようと考えていたので、スペイン語の勉強をしようと思い、言語交換サイトに登録をしました。
ちょうど妻も同時期に日本語を勉強するためにこのサイトを使っていました。
妻は日本文化に興味があり、日本語を勉強中。特に日本のアニメが好きでナルトやセーラームーン、ドラゴンボールなどのアニメから日本文化に興味を持ったそうです。
僕がスペイン語を妻に習い、妻が日本語を僕に習うという形で最初はインターネット上でメッセージのやり取りをしていました。
妻との出会いはこれが一番初めです。
最初はメッセージだけでの連絡でしたが、僕が南米に旅行に行くということを伝えると妻が「ペルーの首都リマを観光案内してあげる」と言ってくれたので会うことにしました。
それまでメッセージをしてきた中で、悪い印象を相手に持ってなかったのでまあ大丈夫かなという感じですね。
ペルーに到着 〜空港で待ち合わせのはずが会えず〜
そして、僕は夏休み中にペルーのリマに到着。2016年の5月10日です。
着いた日は空港で待ち合わせをしていたのですが、僕も妻も全く別の場所で待っていたので空港では会うことができませんでした・・・
確か2時間ぐらい待っていたと思います。
それでも待ち合わせ場所に来てくれなかったので、この時は約束を破られたと思ってしまいました。
後から聞くと、どうやら彼女も違う場所でずっと待っていたらしく、要するに二人とも勘違いをしていたということですね。
しかし当時はそんなことを知りませんから、結構ショックでした。
なので、そのままタクシーでリマ市内にある宿に向かいました。
そのホステルに到着するまでの道のりは、日本とは全く違い、さらにタクシーのおっちゃんにも追加でお金を支払うという事件があったのでかなり萎えていましたね・・・
宿に到着 〜しばらくすると彼女が受付にきた〜
宿のWifiを使い、彼女に『長い間待っていたけど、会えなかったから一人でタクシーに乗って市内まで来た』とメッセージ。
相手からのメッセージはなかったので、もう会えないだろうなあを思い、部屋でゆっくりしていると突然宿のフロントの人が僕のことを呼びました。
僕にお客さんが来ているというのです。
すぐにフロントに行ってみると、一人の女の子が座っていました。
一瞬僕は誰かわからなかったのですが、少し考えてすぐにわかりました。
そうです。彼女が宿まで来てくれました。
後から妻に聞いたことですが、メッセージで宿の名前を妻に伝えていたので、空港で長い間会えない間にその宿を調べて宿の前の大きな公園で待っていたそうです。
なかなか機転がききます。
空港で会えないとみると、切り替えて宿の前で待つことにしたのでしょう。
待ち合わせの目印が僕のオレンジ色のバックパックだったので、それらしき人が宿に入るのを待っていたと妻は教えてくれました。
いやー、頭いいですね。
会えたはいいけど、お互いに全然理解できない
宿で出会えたは良かったものの、当時の僕たちはお互いの言語をほとんど理解できなかったので直接会った時には何も伝わらずに苦労しました。
インターネット上での会話は翻訳機能を使っていたので良かったのですが、対面となると途端に難しくなってしまうんですよね・・・
そんな時に重宝したのが、本でした。
彼女の持っていた辞書と僕の持っていたスペイン語基本会話の本でコミュニケーションをなんとか取れたかなという感じ。
正直言って伝わっていたのかは今でも謎です。
多分ほとんど伝わってなかったんじゃないかな。
そのあとは妻に宿周辺の観光案内をしてもらいました。
ラルコマルという海岸沿いのショッピングモールを二人で歩き、その時は小さなりんごパイを買って二人で食べました。
2人で笑ったポイントとしては、店先の写真ではりんごぱいが大きく映っているのに、出てきた実物はめちゃくちゃ小さかったということです。
あれは詐欺に近かった笑
そうこうするうちに、すでに夕方になってしまったので、この日は妻が僕を宿まで送ってくれて解散しました。
翌日は2人でリマの観光に出かけた
次の日、朝起きると妻から『リマの観光地を案内したい』とメッセージが。
特にやる用事もなかったので、案内してもらうことにしました。
観光を終える頃には、僕はかなり彼女に惚れていましたね。
なんでかわからないですけど、妙に惹かれるところがありました。
付き合いたいと言いたかったのですが、タイミングがありませんでした。
また、5月12日からはクスコとマチュピチュ方面に行かなければならなかったので、ペルーに戻ってから会おうと約束したのを覚えています。
その時はまだ友達でしたので、たまにメッセージをするぐらいでした。
それから約3ヶ月南米を旅して周った
それから僕はアルゼンチンまで旅をしてからペルーに帰ってきました。
ペルーに再び入国したのが、 2016年の6月26日。
その日に僕たちは会う約束をして、リマ市内の公園でデートをしました。そこで僕は妻に『僕と正式にお付き合いしてくれませんか?』と聞き、妻はしばらく考えたのちに受け入れてくれました。
この日から僕たちはカップルになり正式にお付き合いがスタートしました。
後から「なんであの時受け入れてくれたの?」と聞くと「まだお互い知らない状態だったから、もっと知るために付き合った。彼にチャンスを与えようと思った。」と言っていました。
彼女は特に運命的なものは感じていなかったようです。
付き合いがスタートしても遠距離恋愛
その後は7月2日までペルーに滞在し、僕は一人でエクアドルとコロンビア方面に旅をしに行きました。
この間もビデオ通話やメッセージをしました。
最初の頃はたまにビデオ通話するぐらいだったのですが、いつしか毎日するようになっていました。
再びペルーに帰ったのは2016年7月30日。
それからアメリカに帰る8月8日までデートをして過ごしました。アメリカに帰ってからは学校生活がスタートしたので、妻とはメッセージとビデオ通話を遠距離恋愛中しました。
次にペルーに行ったのは、2016年12月12日です。
大学の冬休みなのであまり期間が取れずに、12月31日まで短い期間でしたが、この間は毎日妻がバスで1、2時間かけて会いにきてくれました。
今考えるとかなり無理をさせていたなと思います。
というのもペルーは交通状態がよくないですから、バスで移動となるとかなり疲れます。
それも2時間ぐらいですからね。
お金もかかりますし、体力的にも疲れたはず。
親の説得もあったでしょうから、よく頑張ってくれたなと今になれば思います。
親にも挨拶をした
正確な日にちは覚えていないのですが、この期間で妻のお父さんとお母さんに会い一緒にポジョ・ デ・アブラサというペルーの伝統料理をいただきました。
この日からお父さんとお母さんの了解も得てお付き合いをしていくことになりました。
余談ですが、この時の食事がめちゃくちゃ気まずかったです笑
親御さんも結構シャイな方で、僕は結構戸惑っていました。
何を喋っていいかもわからずに、ただ出された巨大な鳥の丸焼きを食べるという。
正直言ってあまり肉が好きでもないので「やば、食べられるかな?」と思いながらむしゃむしゃしていました。
その後何度かペルーに行く 〜婚約をする〜
次にペルーに行ったのは、2017年の8月8日です。
それまでは日本に帰ってアルバイトをしたり、東南アジアを旅行したりして、8月8日にペルーに着きました。
2017年の8月19日にペルーから帰るまでに妻の家族と一緒にペルーのフアンカヨに旅行に 行きました。
この時すでに二人の結婚する意思が固まっていたので、8月18日に婚約をしました。同時に妻の両親に結婚することを報告しました。
両親はかなり驚いていましたが、僕たちは本気なんだということを伝えました。すぐには納得してくれなかったのですが、私の娘(妻) が学校に行って卒業した後なら結婚してもいいとの結論になりました。
なので、その9月から妻は語学学校に1年間通い、彼女が卒業した後に結婚する予定を立てました。
今考えると、そのころは勢いが半端ないですね。
若い時のエネルギーは凄まじいものがあります。
今だったら、こんなに思い切りのいい決断はできないんじゃないかと思います。
再びペルーに来たのは、2017年の12月30日で、帰る日は2018年の1月23日でした。この期間中はプーノというペルーの街に妻と妻のお姉さんとその友達で一緒に行きました。
彼女の家族と多くの時間を取れたので、だんだん信頼されていったというのもありますね。
ビデオ通話で結婚の手続き
2018年の1月26日に日本に着き、それから僕はアルバイトをしながら電話等で二人の結婚 の手続きを進めていきました。
再びペルーに入国したのは、2018年の9月26日です。
それまではずっとビデオ通話をして、結婚の予定やら日常会話やらをしていました。
バイトをして、結婚資金を彼女に送るということもやりましたね。
ここだけの話ですが、正直言って騙されているんじゃないかという被害妄想もありました。
お金を送ったら、それで音信不通になるんじゃないかなどという疑念もありましたが、そのようなことは全く起こらなかったですね。
ペルーで書類の手続きをする
そしてバイトも終わり、資金も調達したところでペルーに行き手続きをしました。
この手続きが、まためんどくさかったですね。
役場の人が結婚式の書類をなくすという事件も起きました。
軽く揉めましたからね・・・
その時は大変でしたが、今となってはいい思い出になっています。
結婚式を挙げる
役場や在ペルー日本国大使館などで残っている手続きをし、結婚式を2018年の10月28日に挙げました。
僕の両親も日本から参加しましたが、ほとんどがの妻の親族でした。
僕は緊張していて、式どころではなかったです。
かなり愛想が悪かったんじゃないかな・・・?
参列者の方達に申し訳なかったなと今更思います。
ということで、以上になります!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
質問等あれば、お問い合わせ欄から受け付けます。
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